のむらしんぼ『コロコロ創刊伝説』第4巻

2019年4月30日

今回も懐かしいエピソード盛沢山! ……おかげで無駄に長くなっています(^^;。

(平成31年4月30日追記:一部、完バレとなっているところを削除しました。公開から長い間放置して申し訳ありませんでした)

『星のカービィ』とひかわ博一氏のエピソード

最初はのむら先生のアシスタントの話から。

1988年にのむら先生のアシスタントとして入った樋川博一氏(以下、ひかわさん)は、アシスタントの傍ら読み切り作品を次々と発表した。しかし、人気はいまひとつで漫画家としてやっていく自信を失いかけていた。師匠であるのむら先生に励まされながらも、彼は1994年に『星のカービィ』のコミカライズで瞬く間にデビューし売れっ子漫画家になった。

その結果、のむら先生は師匠であるにもかかわらず弟子のひかわさんに頼り切る状態に……。それというのも、この時は息子の受験などで金があっという間に飛んで行ったからで、そのお金を受け取った時には思わず号泣していたそうです。なお、ひかわさんからの借金は後にきっちり返したそうです。

『ビックリマン』のエピソード

次はビックリマンシールの誕生エピソードです。子供の頃よく集めていたなぁ……。

時は1986年頃。コロコロの編集部員としては新米だった柏原順太氏(以下、柏原)がアンケートハガキに眼を通すと、そこには「ビックリマンシールを取り上げてほしい」という読者の声が。

柏原はさっそくロッテ本社に向かい、ビックリマンシールの生みの親である反後四郎氏(以下、反後博士)からビックリマンシールの成り立ちや世界観についての取材を行った。反後博士からは抽象的な答えしか貰えなかったが、そこに目を付けた柏原は企画化を思いつき、編集会議に諮った。必死のプレゼンの結果企画が通り、1986年9月15日発売のコロコロコミック1986年10月号にてビックリマンシールの特集記事が掲載。

そして、時を同じくしてビックリマンシールの魅力を伝えるために、竹村よしひこ氏の漫画もスタート。過激なお色気やギャグが目立ってましたが、元からの世界観を崩さずに伝えていたのがとてもよかったです。ホントだよ! その後で描いた芸能人似顔絵漫画も面白かったけどね。

故・玉井たけし先生のエピソード

1985年6月、琵琶湖のほとりにある病院の一室で二人きりの授賞式をした漫画家が居た。それが玉井たけし先生だった。

彼は『魔界ゾンべえ』で連載デビューをするが、ネタが続かずに連載が終わってしまう。突如魔界と人間界のトンネルが開通して連載が終わったのはそういうことだったんだね……。その時に弱気になってたのを励ましたのが、玉井先生の親友でありライバルでもあったのむら先生だった。

のむら先生から励まされて間もなく、玉井先生はウルトラマンをモチーフにした『ウルトラ怪獣かっとび!ランド』をスタート。これが無茶苦茶面白かったです。ウルトラマンと怪獣がドタバタを巻き起こす様が面白くてたまりませんでした。ユリアンが「死んでお詫びを」と大騒ぎを起こしたシーンを思い出したよw。

なお、玉井先生は2004年11月7日に帰らぬ人となりました。

ビックリマンは自分も集めていたなぁ

自分の幼少期の頃の話が多かったせいもあって、かなりの分量になりました。

今回はビックリマンシールについての話の分量が多かったです。自分はビックリマンシールを集めていたし(兄貴もだけど)、『少年ビックリマンクラブ』はリアルタイムで読んでいたんですが、不良中学生を撃退する話は読んですかっとしました。コロコロでは他の漫画でも中学生を悪者にしているのがあったなぁ。ビックリマンに話は戻りますが、横山智佐さんが出ていたアニメもちょっとだけ見ていたし、幻のホロシールも何枚か兄貴の机に貼ってあったし……。いかんいかん、昔の話になると長くなっちゃうなぁ。俺もトシ食ったなぁ。

来年発売予定の次巻では、中学校時代になってもハマっていたミニ四駆とその仕掛人たちの物語となる予定。本棚のスペースが狭くなることを覚悟で、コロコロアニキを買って読んでみようかなと。

のむら しんぼ
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